日本を代表するプロロングボーダーとして世界を舞台に活躍する吉川広夏さん。海とともにある彼女は最近カメラにも興味を持つようになった。そして必然的にも知り合ったプロカメラマン2人と沖縄の旅へ。サーフィンとカメラを通して感じた沖縄の魅力を自身の言葉で語ってくれた。
写真の良さを皆で楽しむための小さな目標を
実は今回のノープランな写真旅には“目標を作る”ことにしていて、その日に撮った写真を夜にみんなで共有して見せ合おうと決めていた。 同じ場所で撮っていてもそれぞれの写真から見える景色は全く違う。旅の間にはいろいろなことが起こり、時間が経てば忘れてしまうのに、写真を見返せばその時の気持ちや空気感が蘇ってくる。
まだ初日だというのに、この旅にも終わりがくるのか…とウルッときてしまうほどビーチでの美しいサンセットの写真を共有する時間。それはすでにキラキラとした美しい思い出になっていた。
シンプル。その優しさが島時間
宿泊した「Peakukii ゲストハウス」にはオーナーのベアさんが集めた熊グッズが家中にあり、外階段を登ると屋根からは読谷の海が見える。部屋には大きなリビングがあり、初日の夜は宿の横でベアさんがキッチンカーで販売している大阪本場のたこ焼きをご馳走してくれた。トロッとして出汁が効いた小さめのたこ焼きを塩とシークワーサーでシンプルに食べる。これが衝撃的な美味しさだった。
大阪から移り住んできたベアさんは「たこ焼きを通して輪が広がったり、読谷の人たちに気に入ってもらえればいい」と話す。見た目は怖そうなベアさんだが実はとても温かい人柄。その日はたこ焼きをお腹いっぱいになるまで食べて、まだ初日とは思えないくらいの嬉しい気持ちを頭の中で整理しながら眠りについた。
フィルムカメラの緊張感は、まるで良質な波のよう
朝起きると早朝からすでにカメラマンの鳥巣さんは起きていた。バッグにしまってあった自分のフィルムカメラを渡して朝からフィルムカメラ講座が始まった。フジカ35-ML。今から65年前のオールドカメラ。安物だが見た目がとても可愛くて買ったものだ。シャッターを切れば撮れるフィルムカメラではなく、すべてが手動。絞りやシャッター速度、ピントを合わせてからではないと撮れない。それに加えて今や高級品となったフィルム。1枚の重みが大きく、いい瞬間を待って待って標準を合わせてシャッターを切った後は、なんだか満たされた波に乗った後のような気持ちになる。
フィルムカメラ時代を体験してきた鳥巣さんのお話は今では考えつかないほど面白い話だった。海外旅では常にフィルムを抱え、お金よりも大切に肌身離さず過ごす日々。1枚の写真を撮るまでに時間がかかるフィルムカメラでどの設定にしておけばすぐに撮影できるのかなど、寝起きから有料級のカメラ講座だった。
この日の朝はフィルムカメラで写真を撮りたくなって、海へ出かけた。あの時自分はどんな写真を撮ったんだろう? 今では全てを思い出せないけれど、きっと写真を現像したらまたこの時の感情を思い出すだろう。
会える人には自然と会える。波のように
朝の撮影を終える頃には波も良くなってきた。みんなサーファーで良かった。朝ごはんをまだ済ませていない自分たちだったが、この貴重な満潮を逃すことはできないとすぐに支度を始めた。
今回の旅では、沖縄を拠点に活動するプロカメラマンのアツシさんのもとへサプライズで訪ねるつもりだったけれど、この広い沖縄の海の駐車場で偶然にも再会した。サーフィンしたのちに彼のスタジオで写真の練習させてもらう約束をしてその日は解散。ノープランなカメラ旅が一気にグレードアップしそうな予感だ。
実は沖縄でサーフィンするのはこの旅が初めて。波は小さくても力があって、自分が持ってきたサーフボードでも十分楽しめる波だった。サーフボードは数日後に誕生日を迎える自分のプレゼントに父が作ってくれたものだ。旅には不向きなオンフィンだったが、どうしても今回持っていきたかった。まだ1度しか乗ったことのないサーフボードだったが、乗り慣れているサーフボードのように足にフィットしていて、みんなが見向きもしないインサイドの小さなピークを見つけて贅沢な時間を過ごした。
世界の波を知る人が移り住んだ島
そして迎える沖縄旅3日目。元々宿泊する予定だった宿のオーナーが帰ってきたとの連絡が入った。この台風スウェルを追いかけて違う島にサーフトリップをしていたらしい。オーナーの名前はダニー。元WCT選手でもあり、沖縄に移住をして「Happy surfing okinawa」という名前でサーフレッスンやゲストハウスを営んでいる。
世界中を旅したであろうトップサーファーはどんな人柄なのか、そして引退後に沖縄を選んだのはなぜだろう。とダニーに出会う前はいろいろと考えていたけれど、出会ってみれば想像とは180度違っていて"Happy"なオーラ全開で迎え入れてくれた。今日の16時からこのポイントがロングボードには最高な波になるよ! とこっそりピンポイントな波情報を教えてもらい、私のロングボードまで用意をしてくれた
ダニーがショートボードに乗る姿は見られなかったが、ロングボードでもひとつひとつのターンには無駄な動作がなく美しい。小波でも笑顔で波に乗ることを楽しんでいる彼の姿はサーフィンが大好きな少年のようで、ボードの長さにとらわれずに楽しんでいるサーフスタイルがとても素敵だった。
さて、心を広げる旅は明日からでもできる
今回の旅では異文化が混じり合い、英語が飛び交っていて何度も違う国にいるような不思議な感覚になった。沖縄へ移住してサーフィンをする人々と出会い、暮らしを間近で見ることができた。ガイドブックには決して載っていないディープな旅となった。
そして今回の旅の買い物で一番ワクワクしたのはスリフトショップ。日本で言うリサイクルショップなのだが、「Oki hands oki hearts」で販売している商品はドネーションとして無償で寄付されたもの。この店では売上金を使って子供達を支援していると聞いた。
使わなくなったものやサイズが合わなくなったもの、店内には日本では見たことのないアメリカのものがお得な価格で並べられている。私は洋服3枚とこの旅で使うカメラバッグにちょうど良いサイズのレトロなクーラーバッグを見つけて購入させてもらった。それでも1500円だったが、この素敵なサイクルに自分も少し協力できていることが嬉しかった。
大好きな虹とともに
だんだんと台風が近づいてくる沖縄はピーカンに晴れた数分後に土砂降りの雨が降ったり、上空の雲が凄い勢いで流れていき目まぐるしく天気が変わっていた。自然現象で1番好きなのは虹。いつでも見れないからこそ特別で、幸せな気持ちになる。
太陽が低い朝と夕方は虹が見えるチャンスであり太陽の反対側に虹が出るためこまめに空を見渡してその瞬間を待つ。この旅で1番興奮したのは海でも波でもなく、虹を見たときだ。この日は明け方まだ暗いうちから家を出て、偶然にもブルームーンと呼ばれる満月を撮影しに3人で海へ出かけた。
不思議と沖縄では1時間、2時間待ってもほとんど月が動かず、青白く輝く満月が雲から出たり入ったりしているうちに夜が明けた。
空が明るくなってきた頃に場所を移動しようかとクルマを走らせている時にそのときはやってきた。
空が明るくなってきた頃に場所を移動しようかとクルマを走らせている時にそのときはやってきた。
あっ、虹だ!
亮さんが虹に気がつき、運転中だった私はすぐさまクルマを停めて鍵もかけないままカメラを持ってビーチに走り出していた。ものすごくいい波を見つけた時、急いでウエットスーツに着替えるような感覚がカメラを持っている時にもある。自分が心から好きで夢中になれることがまたひとつ増えたことが嬉しかった。この日から帰るまでは何度も虹が。またひとつ沖縄が好きになった瞬間だ。
亮さんが虹に気がつき、運転中だった私はすぐさまクルマを停めて鍵もかけないままカメラを持ってビーチに走り出していた。ものすごくいい波を見つけた時、急いでウエットスーツに着替えるような感覚がカメラを持っている時にもある。自分が心から好きで夢中になれることがまたひとつ増えたことが嬉しかった。この日から帰るまでは何度も虹が。またひとつ沖縄が好きになった瞬間だ。
数日間のカメラ旅だったが、プロカメラマンたちと共にすごしていると色々な気付きがあった。サーフィンではほとんどの人は気付かない"プロしか見えない波"があるのだが、2人は常にカメラを覗いているような目を持っていて、ちょっとした木漏れ日からの光や、建物の隙間から差し込む光、一緒に行動していてもどこにあったのか気が付かないような景色を見つけている。そして旅で出会う人々の中にはすぐに溶け込み、ずっと前から知っていたような自然な表情を引き出す。自分もいつかそんな写真を撮ってみたいと心から思った。
写真を見ると思い出が蘇る。何年後、何十年後も見て、この自由な沖縄の旅を思い出したいと思う。旅の間に見つけた和紙を3等分し、旅で撮った写真をZINEにして見せ合うのが次の宿題。またひとつ、楽しみが加わった自分の人生が楽しみだ。
写真:清水亮 Ryo Shimizu
文:吉川広夏 Hiroka Yoshikawa
文:吉川広夏 Hiroka Yoshikawa