自然は屈託がなく素直で、誰にでも優しく、ときに厳しい。日本を代表するプロロングボーダーとして世界を舞台に活躍する吉川広夏さん。彼女は幼い頃から海とともにある。毎日のように海へと向かう日々を過ごすうち、最近はカメラにも興味を持つようになった。目線が変われば同じ場所でも見える景色が違う。あ、楽しい! 新しい喜びを知った彼女は、有数なサーフポイントでも有名な沖縄に、カメラとともに旅へ。その思い出を彼女の声でレポート!

ノープランな旅。これがまた楽しい

荷物の中には先月新しく買ったカメラと10年くらい前に中古屋さんで一目惚れした古いフィルムカメラと、オンフィンのフィッシュ。出発直前に「これも持っていきな!」とサーフボードの廃材で作られたミニミニボードを渡されて、ついでに足ヒレもハードケースに入れた。パソコンといつも使ってるロングボードは家に置いて、ノープランな自由なカメラ旅が始まった。
実はこの旅の以前、何ヶ月も前から目標としていた海外の大きなコンテストが中止となり、スケジュールも自分のココロもぽっかりと空いていた。10年以上プロサーファーとして活動してきたが、コンテストが無くなることはほとんどなく、ずっとその試合に標準を合わせていただけにショックが大きかった。

心が動いた時に違うアクションを起こす

思い切って良いカメラを買ったら、何か世界が変わるのではと思い、そのコンテストの遠征費と同じくらいの金額のカメラを買うのを即決したのが1ヶ月半前。趣味にしては高い買い物かもしれないなと思いつつ、店を出てから使い慣れていないカメラでシャッターを押す。なぜか、自然とにやけてしまうほど、自分の心が満たされていたのを思い出す。
今思うと、沖縄を旅することになったのも全てが驚くような出会いとタイミングだった。プロカメラマンの清水亮さんと初めて撮影のお仕事をする機会があり、その数日後には偶然訪れた海沿いのイベントでプロカメラマンの鳥巣佑有子さんと数ヶ月ぶりに再会したのだ。

カメラを通して見る新しい自分、新しい景色

ほぼ初対面だったカメラマンの亮さんの撮るポートレートは衝撃的だった。普段からプロサーファーとして撮られる側なのだが、自分でも見たことのない表情を引き出してくれた。同じくプロカメラマンで、東京と千葉に拠点を持つ鳥巣さんは普段はあまり会わないのだが、数年前に一度、メキシコを一緒に旅をしたことがあった。彼女は私が全力で挑んだロングボードの世界大会にもフィルムカメラを持ってフラッと登場したりと、面白いタイミングで出会う人である。2人の写真スタイルは違うものの、オリジナルなスタイルを持つ素晴らしいアーティストであり、尊敬する人たちだ。
海とカメラが好きな異色な3人組だったが、話していると偶然にも年齢は10歳飛ばし。その日の打ち上げでは「せっかくだからカメラ部を作って旅をしよう!」という話まで。勢いのまま決め、私の空白だったスケジュールには「沖縄」と文字が入った。

たくさんの自然が揺れ動いた3人の沖縄旅

試合も仕事もない旅はとても久しぶり。 出発数日前に天気予報を確認していると、すごいタイミングで2つの台風が発生し、沖縄から遠ざかる予報にホッとしたのも束の間、3つの目の台風が沖縄に向かって進路を進め、日本の海上には同時に3つの台風が動いているレアなタイミングでの旅となった。

羽田空港を出発して2時間半、那覇空港で皆が集まった。ほぼ同じ時間で出発したのだが、航空会社が違う亮さんとはターミナルが違うため那覇で合流した。 空港を出て外の空気に触れる。台風が来ているとは思えないほどの青空が広がり、日の当たる場所はジリジリと暑い。最近の関東は少し秋を感じ寂しい気持ちになっていたが、沖縄はまだまだ夏の雰囲気で嬉しくなった。
宮崎で知り合った友達のタクヤくんがレンタカー会社「アロハレンタカー沖縄」を始めていて、そこでクルマを借りてから波の情報をゲット。クルマにはサーファーが使えるようにとポリタンクやバケツなども完備されていた。そこにたくさんのカメラ機材とサーフボードを積み込み、今夜の宿泊先がある読谷村へと向かった。

やっぱり沖縄の自然はすごい。そう感じる瞬間

台風が迫っている沖縄の海だったが、西側の海はとても穏やかでオフショアの美しい海が広がっていた。移動で汗だくになっていた私たちは写真を撮る前にとりあえず泳ごう! と海に向かい、私は早速ミニミニボードと足ヒレ、借りたシュノーケルを持って海へ飛び込んだ。海水は普段より塩っぱくて、水着でも体がふわっと持ち上がるように浮かぶ気がした。しばらく気持ちよく海の中を自由に泳ぎ回っていたのだが、珊瑚で背中をぶつけて背中から血が滲み、まだサーフィンもしていないのにさっそく沖縄の洗礼を受けた。

特別な島で見た、嬉しい瞬間

縦長の島である沖縄。夏の西側エリアに波があるのは台風スウェルが入ったいわゆる特別な時だそうだ。運が良いことに台風に囲まれた沖縄にはスウェルだけが入っていて、真夏の太陽と青い海が広がる中、遠くの方で波がブレイクするのが見えた。沖縄のサーフスポットはほとんどが珊瑚やリーフブレイクなだけあって、潮の動きや時間に合わせることが必須らしい。そんなことも気にせず旅を決めた自分たちだったが、またまた運良く朝と夕方が満潮となる潮周り。満潮に向かうにつれてポツポツとサーファーが集まり、さっきまで誰もいなかった草むらにはサーフボードを積んだクルマが並び始めた。
なんだか秘密基地に繋がっていそうな林の中の細道を抜け、波チェックをしてみると小波ながらもアウトからブレイクする形の良い波が見えた。沖縄は台風のビッグウェーブというイメージだったが、海の中はシングルフィンロングボードやミッドレングス、オルタナティブボードでサーフィンを楽しむ人たちが多く、海の中はメローでまったりとした空気感だった。 潮の時間、地球のリズムに合わせてサーファーが集まり、また帰っていく。自然と共に暮らす沖縄のサーフスタイルはとても素敵で、この美しい地球で今自分が生きていることを再確認させてくれた。
写真:清水亮 Ryo Shimizu
文:吉川広夏 Hiroka Yoshikawa