美濃焼は世界に誇るジャパンクオリティ

ビーチ沿いにたたずむ架空のホテル「The Holiday」のバルコニーから海を眺め、目覚めのモーニングコーヒーを飲みながらゆったりとした時間を過ごす。The Holidayのブランドコンセプトであるそんなシーンをイメージしてつくられたのが、The HolidayとSAKUZANのコラボマグカップだ。東京・恵比寿にあるラウンジ「The Holiday」店舗やオンラインストアで購入することもできる。

1987年に創立されたSAKUZANこと作山窯は、岐阜県土岐市駄知町にある美濃焼(みのやき)の窯元だ。カリフォルニアスタイルと和食器は一見ミスマッチかと思いきや、「カリフォルニアの大手インテリアショップなどで扱っている食器は、美濃焼が多いんです。つまり、海外にも認められているジャパンクオリティなんですよ」と、商品開発を担当したThe Holidayディレクター・山口崇志さんは教えてくれた。岐阜県南部の東濃(とうのう)地方には220もの美濃焼の窯元があるが、山口さんの中にはSAKUZANでなければならない理由があったという。
「SAKUZANさんは飾ってもアートになるような美しいデザイン性ものをつくられているので、もともと個人的に大好きなブランドでした。工房を見学させていただいた時、この大量生産大量消費の時代に、職人の方々が丹精込めてつくっているところにも感銘を受けました。それでThe Holidayの看板メニューであるポキ・ボウルの器に、SAKUZANさんのシリーズを使わせてもらうことになったんです。サーモンやアボカドなど、見た目が色鮮やかなポキ・ボウルには、食材とシンクロする淡いカラーを使っていたSAKUZANさんの器がピッタリでした。ポキ・ボウルを食べ終わった後に、The Holidayのオリジナルコーヒーをおいしく飲めるマグカップをつくりたいと思って、髙井さんにラブコールを送ったことがコラボレーションのきっかけです」

SAKUZANの器は、料理があって初めて完成する

SAKUZANの代表取締役を務める髙井宣泰さんは、山口さんの熱意に打たれる形でコラボレーションの申し出を快諾した。「美味しさを、美しさから」をメインコピーに据えているように、多くのSAKUZANユーザーがInstagramなどで拡散している料理や器の写真は、どれも芸術作品のように美しい。芸大を卒業してデザイナーとして働いていた時期もある髙井さんは、SAKUZANのほぼすべてのデザインを手掛けている。

「空間の中に、器がどう収まるかということからコンセプトが始まります。古い古民家なのかスタイリッシュなのか、それともカリフォルニアっぽいのか。どんなシーンの中にどんな器があったら格好いいかなとか素敵かなとか、シチュエーションを想像してデザインを考えています。器もインテリアのひとつだと思っています」
ただ、「あくまでも主役は料理です。器は80点くらいで留めておいて、料理が載った時に120点とか130点に見えればいいなと思っています」と髙井さんが補足するように、SAKUZANの器は主張しすぎることがない絶妙なバランスを保っており、料理が乗って初めて完成する。このあたりは、派手な絵付けが施された有田焼や九谷焼などとは違い、「特徴がないことが特徴」と称される美濃焼ならではと言えるだろう。逆にその懐の深さがあるからこそ、一説には陶磁器の全国シェア60~70%を占めると言われるほどの広がりを見せ、我々の生活に美濃焼が溶け込んでいるのかもしれない。

良質な土が取れ、陶器技術が高い土地柄もあって、美濃焼は大量生産され安価で販売されることが主だ。髙井さんもそうした流れを否定はしないが、一方でSAKUZANではあえて色や粒子の違う14種もの土を使い分け、100種類を超える釉薬(ゆうやく=陶磁器の表面を覆っているガラス質の色)を用意し、温度の違う3つの焼き方を試みるなど、効率重視の工房にはマネができない「少量多品種」のスタンスを貫いてきた。リスクも大きいが、「そこに価値を見出していただける感度の高いお客様に喜んでいただくためには、そのくらいやらなければいけません。私たちがつくるのは『作品』ではなくあくまでも『商品』ですが、こだわった商品をつくりたいと考えています。レストランやショップのバイヤーさんはよく、うちの商品は『遠くから見てもSAKUZANだとわかる』と言ってくれます」と笑顔を見せた。そのこだわりは、多くのユーザーにも響いた。

「コロナ禍の中、まわりに何もないこんな山の中に、うちのギャラリーのためだけにお客様が来てくださるんです。東海3県だけではなく、関東や関西、九州から来られる方もいらっしゃいます。お客様からはお手紙をもらったり、あのお皿がよかったと直接言っていただいたり。それが何よりもうれしいです。せめてものお返しとして、これからもよりよいものをたくさんつくってご提供したいと思っています。あとは、自分の思いを形にしてくれるSAKUZANのスタッフにも本当に感謝しています」

形状、持ち手、カラーリング……納得のいくまで試作を繰り返す

ここまで書けば、髙井さんのコラボマグカップへのこだわりぶりも容易に想像できるだろう。そんな髙井さんに負けず劣らずのこだわりと情熱を持つのが、The Holidayのデザイナーである岡田梓さんだ。先述したディレクターの山口さんも交え、何度も打ち合わせを重ねて試作づくりを繰り返した。岡田さんはマグカップの特徴を次のように語る。
「キッチンに立ったり、食器を選ぶことも多い女性が好むように柔らかく見せたかったので、底の角を取って丸みをつけてもらいました。持ち手にもこだわっています。最初はもう少し上下の幅が狭かったのですが、手の大きい男性が3本の指で握ったり、逆に手の小さい女性が両手で包み込むように持った時に指が入るようにとか、いろいろな持ち方を想定して幅をギリギリまで広くしてもらいました。もちろん長く使っていただきたいので、デザインと実用性に加えて強度も考慮して詰めていきました」
カラーは全4色。グリーンは葉、ピンクはサンゴ、ブルー(藤色)は海、ホワイトは雲や砂と、自然をイメージさせる淡い色がチョイスされた。こちらも「たとえば同じ緑でも濃さが違うので、髙井さんには無理を言って何度も塗り直してもらいました」(岡田さん)というこだわりぶりだ。髙井さんはマグカップの出来を次のように語った。
「受け手としては、何とかこだわりを形にしたいと思ってがんばりました。土と釉薬と焼成から生まれる自然な風合いや質感が楽しめる、非常にいいマグカップができたのではないかなと思います。コーヒーを飲む時はいろいろなシーンがあると思いますが、『かわいいね』とか『飲みやすいね』とか、たくさんの笑顔があふれる空間の中にこのマグカップがあればうれしいですね」