時間がゆっくりと流れる店

ウッド調の建物に白いオープンテラス、立てかけられたサーフボード。日本ではほとんどお目にかかれないオレンジ色の1976年製シボレーバンが、シンボルとして店先にどっかりと鎮座する。「こいつは燃費が悪すぎるんです」とじゃじゃ馬ぶりに苦笑する内田鉄兵さんだが、その表情はどこかうれしそうだ。サーフポイント・茅ヶ崎市柳島の国道134号線沿いに、内田さんがオーナーを務める日本初のポキ・ボウル専門店「CARIFORNIA POKE COMPANY(カリフォルニア・ポキ・カンパニー)」はある。

メインメニューである「ポキ・ボウル」の「ポキ」とは、マグロなどの魚介類やアボカドを角切りにして、ピリ辛なタレに漬けこんだハワイの伝統料理。これを白米の上に乗せたものがポキ・ボウルで、カリフォルニアで人気の「フュージョン料理」だ。カリフォルニア・ポキ・カンパニーではこれをさらに進化させ、ベースのライスを玄米や雑穀米、サラダや豆腐に変更できる他、魚、野菜、トッピング、ソースを自由に組み合わせてカスタマイズし、自分だけのポキ・ボウルをオーダーすることができる。

カリフォルニア・ポキ・カンパニーの営業時間は、ランチタイムのみの11時~15時。ただし「客足が途切れて波がある日は、少し早くクローズすることもあります」と内田さんは笑った。連日、新型コロナウイルス関連の話題ばかりで閉塞感が漂う世の中とは一線を画す、おおらかでゆったりとした時間が流れる。料理だけではなく、吹き抜ける風さえも“本物”を直輸入しているかのようだった。

いざ、あこがれのカリフォルニアへ

内田さんは茅ヶ崎で生まれ育ち、土地柄から14歳になるとごく自然にサーフィンを始めた。高校卒業後はフリーターとして友人がオープンしたラーメン店を手伝っていたが、「もともと飲食業や接客業があまり好きじゃなかった」と気乗りしない日々の中、学生の頃からあこがれていたサーフィンの聖地・カリフォルニアに対する思いは募るばかりだった。

「ハワイやオーストラリアはサーフィンがスポーツに近い感覚なのですが、カリフォルニアはサーフィンが生活の一部なんです。かっこいい車で海に行って、かっこいい音楽を聴いて、サーフィンをして、その日の夜に飲むビールがうまかったら最高、みたいな。そういったカルチャーにずっとあこがれていました。もともとは、貯金を切り崩しながらカリフォルニアでみっちりサーフィンの修行をして、1年間で帰ってくるつもりだったんです」

2003年、24歳の時に渡米。だが、アパートの賃料を払って車や家具などを購入すると、日本で貯めた資金はあっという間に底をついてしまった。つてもなく、英語も話せない状況の中、偶然、求人募集を目にした日本人オーナーが経営する寿司レストランに潜り込んだ。すぐに正社員になることを勧められ、入店から3年ほど経過した頃には2店舗目のマネージャーを任されるほどの出世を遂げる。生活面でも、かつてのあこがれそのものの世界があったという。

「もう最高でした。まず雨が降らない。そして毎日波がある。毎朝6時から9時までサーフィンをして、10時に出勤して、夜8時9時まで働いてという生活でした。ぜんぜん苦ではなかったですし、渡米して3年くらい経った頃にはもう、日本に帰る気はまったくなかったですね。ゆくゆくは家を買って、一生カリフォルニアにいるつもりでした」

故郷・茅ヶ崎で飲食業のおもしろさや喜びを知る

現地で日本人女性と結婚して子宝にも恵まれ、順風満帆な生活を送っていた。将来的に自分の店を持つための資金も貯めていたが、住んでいた地域全体があるトラブルに見舞われ、日本食レストランが次々と閉店に追い込まれてしまう。新規開業には大きなリスクが伴うことから、2016年に帰国。生まれ故郷の茅ヶ崎に店を構えた。

「当初はサーフィン帰りの男の人がふらっと立ち寄って、ポキ・ボウルをテイクアウトするくらいのイメージだったんですけど、実際に始めたら90%が女性客だったんです。そこからもう一度メニューを考え直したり、器もきれいにして、一からやり直しました」

試行錯誤を繰り返しながら、ポキ・ボウルだけではなくレインボーチーズケーキ、チョコミントのケーキやアイスクリームといった新たな名物も開発。デザートだけを目当てに県外から訪れる人もいるほど話題を呼び、客足も飛躍的に伸びた。

「日々お客様が増えていくのがわかりますし、自分目的で来てくださるお客様もいらっしゃるので、この3年くらいで初めて飲食業のおもしろさを知って、飲食店をやっていてよかったなと思いました。どんなに忙しくても手を抜かず、満足して帰っていただくことをきっちりこなせていたから、今たくさんのお客様にご来店いただけるのかなと思います」

クラフトマンとしても活躍。「モノづくり」への譲れぬこだわり

「サーフィンをしないと調子が悪くなる」と語るほど、サーフィンが生活の一部となっている内田さん。日本へ帰国する5~6年前からは、サーフボードやフィンなどを自作するクラフトマンとしての活動も始めた。最初は趣味の世界で、独学でのスタートだったという。

「カリフォルニアでは、コンビニみたいなところで手軽にサーフボードをつくる道具一式が買えるんです。それで自分も道具を揃えて、家のガレージで見よう見まねで削り始めました。ある日、自作した板に乗ってサーフィンをして浜に上がると、『かっこいい板だけどどこのだ?』と聞かれたので、自分の板だよと答えると『じゃあ作ってくれ』と言われて。そこから口コミで広まって、月に1~2枚のペースで作るようになりました。日本に帰ってきた今も、知り合いに向けて作っています。ひとりでシェイプルームにこもっていると、気がつくと8時間くらい経っている時もあるんですよね」

「モノづくりが好き」と語る内田さん。サーフボードも店の内観もポキ・ボウルをはじめとする料理も、こだわり抜いて質のよいものを追求した結果、自然と周囲からの評価がついてきたのだろう。The Holidayの飲食メニューの開発にも携わり、自身が製作したサーフボードの販売も予定している内田さんは、カリフォルニアへの譲れぬ思いを口にした。

「日本ではカリフォルニアがブームですけど、雑誌やお店でもこれのどこがカリフォルニアなんだろう?と疑問に感じてしまうものもあります。それを見た人に、カリフォルニアの間違った印象がついてしまうことが嫌なんです。カリフォルニア・ポキ・カンパニーは、本場の雰囲気を味わってほしいと思って内観も料理もこだわっていますし、The Holidayでそういったことをもっと発信していきたいと思っています。ぜひ、『本物のカリフォルニア』を体感していただきたいですね」